デンマークのヘンリク王配が死去。王になりたかった彼の物語

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南デンマークと冒険を愛する北欧ツアーコーディネーター。日常のささいなことを綴っています。

    世間は平昌五輪で湧いていますが、今回は少し前のデンマークニュースに着目したいと思います。デンマークのヘンリク王配が13日、シェラン島の公邸フレデンスボー城で家族に看取られ亡くなりました。享年83歳です。

    ヘンリク殿下は昨年9月に認知症と診断され、1月からは肺の疾患のため入院していました。13日には最期を迎えることを見越して自宅に戻っていたようです。

    さて、今回は亡きヘンリク殿下の人生を少しシェアしましょう。デンマーク王室のことをかみくだいて(偏見をいれながら)語るので、少しでも知ってもらえたら嬉しいです。

    タイトルに「王になりたかった」と入れたように、ヘンリク殿下は公務の引退まで女王の夫、つまり王配(Prince)の座にとどまったんですね。

    ヘンリク殿下の不満

    ヘンリク殿下は、この「王配」という称号に大変不満を持っていました。 デンマークの元首はあくまでマグルレーテ女王であり、夫である自分の立場は二の次といった感じだからです。

    ヘンリク殿下は、もともとアンリ(Henri)という名前のフランス出身の外交官ですが、結婚後にヘンリクに改名してデンマークに住み始めました。マルグレーテ女王との出会いについては、北欧ヒュゲリニュースで書いています。

    ▼参考
    結婚50周年目を迎えたデンマークのマルグレーテ女王。夫とのロマンチックな出会いとは?

    結婚してから、公務はやはりマルグレーテ女王が中心となって執り行われることがほとんどでした。ヘンリク殿下はメディアのインタビューに「妻は私に妻としての敬意を表していない。」とこぼしています。彼は、マルグレーテ女王と対等な「陛下(国王への敬称)」と呼ばれることを望んでいたのです。

    以前から不満を持っていたことは知られていましたが、決定的だったのは、昨年8月に報道された「妻と一緒の墓に入りたくない」発言ですね。

    2人の夫婦関係が悪かったかどうかは、判断しきれません。婚姻関係が最後まで続いたことは事実だし、ヘンリク殿下の意思が尊重されて実際に女王のお墓とは別のところに埋葬されたことも事実です。いろいろな意味でセンシティブな王室の様子をオープンに報道したデンマークメディアには、別の驚きもあります。

    晩年の過ごし方

    ヘンリク殿下は、2016年に引退して称号を返上しました。それからは公務にはほとんど出席せず、フランスの個人所有するブドウ園で多くの時間を過ごしていたそうです。母国で改めて人生を振り返ったりしていたのかなぁ、と思いをはせてしまいます。

    若かりし頃のマルグレーテ王女が女王の座を継ぐことは彼もわかっていたものの、男女どちらが上の立場でいるべきか、という考えももしかしたら両者のあいだで違ったのかもしれませんね。

    報道によれば、彼は妻や2人の息子が見守るなか、眠るように穏やかに亡くなったとのことでした。いろいろなことを言われてきた彼ですが、子供や国民からはなんだかんだ愛された人物だったのではないかな、というのが現地のデンマーク人と話した私の感想です。

    謹んで哀悼の意を表します。

    【参考】「女王(妻)の隣に埋葬しないで」 夫のデンマーク殿下、半世紀の不満爆発

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