アンデルセン童話『すずの兵隊さん』とメリーバッドエンドという解釈

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北欧ツアーコーディネーター。冒険とデンマークが大好きな92年生まれ

みなさんは、メリーバッドエンドをご存知でしょうか。

これはいわゆる、物語の結末の意味が、受け手の解釈次第で変わることです。創作などでよく見るのが、主要人物などが死を迎えるバッドエンド、しかし他の視点から見たらハッピーエンドだったりするもの。

余韻が残るような終わり方だったり、時には胸くそ悪くなるような結末もありますが、個人的にはリアルで面白いと思っています。

今回は、『すずの兵隊さん』という童話を考察しながら、メリーバッドエンドという結末について書いていきたいと思います。

すずの兵隊さんとは?


(画像:Wikipedia

デンマークの童話作家H・C・アンデルセンの作品のひとつ。原語タイトルは”Den standhaftige Tinsoldat“で『しっかり者のスズの兵隊』などとも訳されています。

アンデルセン童話の中では比較的初期の作品のようですね。

あらすじを引用してみます。

ある男の子の誕生日祝いに、古い(スズ)のさじから作られた二十五人のスズの兵隊が送られた。その中の最後に作られた兵隊は材料のスズが足りなくなり一本足であった。一本足のスズの兵隊は紙を切り抜いてできた踊り子の人形に思いを寄せる。

その踊り子は一方の足で立ち、もう一方の足を高く上げていた。一本足の兵隊は踊り子も自分と同じ片足であり、彼女が自分のお嫁さんにぴったりだと考えたのだった。

あくる朝、兵隊は窓から階下に落ちてしまう。町の子どもが兵隊を拾い紙で作った船に乗せて溝へ流した。流された兵隊は滝から落ち、最後には魚に飲み込まれてしまう。魚は人間に捕まえられ、偶然にも男の子の家に買われてもとの場所に戻ったが、男の子は暖炉の中に兵隊を放り込んでしまう

兵隊が燃えていくなか、風が吹き、紙の踊り子は風に乗って暖炉の兵隊のそばに飛ばされ、焼け失せてしまった。一本足のスズの兵隊もだんだんと溶けていき、小さな塊になってしまった。

次の日に暖炉の灰をかき出すと、兵隊はハート型の小さなスズのかたまりになっていた。

(引用:しっかり者のスズの兵隊

最初にこのお話を読んだ時は、胸が締め付けられるような気持ちになりました。

すずの兵隊さんは何も悪いことをしていないのに、最後には子供特有の気まぐれによって焼け消えて、紙の踊り子もいなくなってしまいます。

めぐりめぐって元の場所に戻っても、そこで幸せには終わらない。アンデルセンはそういう結末を選びました。

重要なのは「本人が幸せかどうか」

では、この結末はバッドエンドなのでしょうか?

読む側としては、どうしても理不尽さを感じてしまいます。王道な勧善懲悪や因果応報ではなく、ただなんの理由もなしに主人公が消えてしまうんですから。

「兵隊さん」視点で振り返ってみましょう。やっと元の場所に戻ってきて、紙の踊り子もまだそこにいることを確認して安心。と思ったら突然暖炉に投げ込まれます。体がめらめら熱くなっていきますが、それが暖炉の熱のせいなのか、恋の炎のせいなのかわかりません。

そこに紙の踊り子も風にとばされてやってきます。紙だし助けることはまず不可能なので、一緒に溶けてなくなっていきました。

お嫁さんにはできませんでしたが、結果として、2人は死ぬときまで一緒です。

このように見ると、一概にバッドエンドとは言えないのでは、という感じがしてきました。読んだ時に「悲しい」よりも「切ない」という感想が出てきたのは、きっとそういうことなのでしょう。

切ないというのは、私にとってはたとえば「悲しいけど正しい選択をした」時などにわいてくる感情です。今回の話では、最後に踊り子が運命の計らいによって兵隊さんのところに降りてきたところでしょうか。

本人同士が良ければ、そこに読者があれこれ言って、ただのバッドエンド認定するわけにはいかないのかな、と思います。

メリーバッドエンドの無限の可能性

このように書くと、どんな物語でも視点を変えればハッピーエンドになることができるので、バッドエンドなんて本当はないのでは!?という気持ちになってきます(笑)

アンデルセンの他の作品である『人魚姫』すらも、最期は泡になって消えますが、彼女が恋した王子様はそんなことも知らずに、勘違いしたまま他の女性と幸せに結婚してますからね。

最後はすべて丸く収まる大団円は爽快です。小説でも映画でも、終わった後にはスッキリした気持ちになります。ハッピーエンドとは、主人公にとって幸福だった話ということでしょう。

そう思うと、かの有名な『フランダースの犬』の主人公、ネロは力尽きる前にルーベンスの大作を見るという目的を果たせています。相棒のパトラッシュと最期まで一緒だし。

悲しい終わり方ではありますが、同時に「よかったね」という思いも出てきます。メリーバッドエンド的に考えると、繊細ながら物語の可能性を広げることができるんですよね。

物語のどこを切り取って終わりにするかは作者にかかってますが、受け取り方は自由です。

私は、ひとつの作品でもいろんな見方ができるものが好きです。余韻が残るし、他の人の考察を読むのもとても楽しいので!

アンデルセン童話は切ないものも多いのですが、それはきっと彼の人生観が作品に出ているのでしょう。近いうちに、彼自身の人物像なども記事にしていきたいと思います。

ではまた~